E.J.Jordan氏は有名なスピーカーデザイナーですが、日本ではあまりよく知られていないようです。個人的には、最後の伝説的スピーカービルダーではないかと思っているので、これを機会にまとめてみようと思います。
氏の経歴については、TNT-Audio のインタビューが詳しいです。
https://www.tnt-audio.com/intervis/jordan_e.html
経歴は
GEC → Goodmans → JORDAN WATTS → E.J.Jordan Design / ALR JORDAN
GEC, Goodmansは巨大メーカーですが、JORDAN WATTSとE.J.Jordanは家内制手工業のような小さな会社です。ALR Jordanは、ドイツのALR社との合弁会社です。小さい会社のほうが自由に作りたいものが作れたのでしょう。これは後述。
GEC在籍時代に、初めてスピーカーの開発に携わります。年齢的に工業高校とか専門学校を出て、GECに就職したものと思われます。音楽好きな家族だったとのことなので、教育水準は高い家庭だったのでしょう。GECには当時としては非常に珍しい、先進的なメタルコーンスピーカーがありました。これをきっかけに、メタルコーン振動版スピーカーの音質に興味を持ったようです。(ちなみに、このGECのメタルコーンスピーカーはフルレンジとして使うには少々高域が不足しており、セレッションのHF1300型ツィータに似た外観のGEC製のツィータと組み合わせた同軸化されたバージョンがあります。)
その後、Goodmansに入社し、コーン型スピーカーの再生レンジの拡大についての研究に携わります。その成果がAxiette型8インチフルレンジスピーカー(AXIOMは10インチ以上に使われた名前)で、これは本当の意味で全帯域スピーカーと呼べる高性能のものでした。これは、GECのメタルコーンより、色付けの少ない音でしたが、Jordan氏には、メタルコーンの音の活気/生命 のようなものが欠けている点が、不満だったそうです。ですが、Jordan氏は、Goodmans在籍中には、メタルコーンのスピーカーの開発をすることは出来ませんでした。Goodmansはメタルコーンのスピーカーを発売していないので、会社の方針だったのでしょう。
他の大きな実績として、Goodmans社のキャビネットに採用された音響抵抗ARUユニットや、(QUADのピーターウォーカーとほぼ同時期に)ESL型スピーカーの開発等、多岐に及んでいます。ARUについては、発明者の中にJordan氏の名前を含むパテントが4件残っています。
なお、発売当時、AXIOM80は戦前のスピーカーユニットの復刻版のような位置づけのもので、当時のGoodmans社のカタログをみても、値段、サイズ、仕様すべてをとって、かなり特殊な位置づけのスピーカーです。ある時期のカタログにはfor far estと書かれており、これは日本の代理店が特注で復刻版を作ったことを指しているのでしょう。戦時中は軍用通信のモニター用に使われていたという話もあるようです。声の帯域がよく通り、低域が出ない。というつくりとも一致します。
従って、AXIOM80はJordan氏の設計ではなく、ARUを用いたAXIOM80のシステム化がJordan氏の実績です。(上記、TNT AudioのインタビューにもAXIOM80の話題は出てきません。また、過去に秋葉原のヒノオーディオの招待で来日した時にも、日向野社長にそのように話したそうです。あまりにも誤解が広まっているので、訂正するのも面倒だとか。私は生前の日向野社長から直接その話を聞きました。)
彼のGoodmansでの最後の仕事は、Goodmans MAXIMという小型スピーカーシステムの開発と言われています。4~5インチのウーファーと同じく4インチ程度のコーン型ツィータの組み合わせの超小型密閉箱。ユニット、キャビネットを別々に購入してユーザーがスピーカーシステムを作るのが常識だった時代に、初めて登場したシステム化済のスピーカーといわれています。このスピーカーは英国の国営放送局であるBBCでLS3/5A以前に小型モニターとして使用された実績もあり、小型高性能スピーカーの先鞭をつけたともいわれています。1964年発売ということなので、JORDAN WATTS社の設立1963年とほぼ一致しています。
余談ですが、このMAXIMのツィータは非常に飛びやすかったそうです。アンプが真空管からトランジスタに切り替わった時期の製品だったことも関係しているのでしょう。私も海外、国内のオークションや販売店で探したことがありますが、中古市場で売られているものの多くが、ツィータがオリジナルから交換されているか、ツィータ断線状態の但し書きがあり、状態の良いものを手に入れることができませんでした。ユニットの仕様も複数存在するようです。
1963 Jordan-Watts Ltd設立。
Goodmans社の同僚であるWatts氏と独立し、Jordan-Watts社を設立します。Watts氏は、製造技術関係の方だったようです。Watts氏は、後にJordan氏が独立した後も、Module Unitの生産を続け、1990年代後半までは、日本でJordan Wattsのモジュールユニットを入手することができました。
Jordan氏は、JW社でかねてからの念願であった、金属振動板のスピーカーの開発に着手します。それが、MODULE UNIT(MODULARともいう)です。以後、Jordan氏の開発したスピーカーユニットは、すべてメタルコーン系です。MODULE mk1は、ケースの形状が異なっていたようです。ケースがダイキャスト製の一体形成ではなく、複数の金属板を組み合わせた形状のModuleの写真を見たことがあるので、これがmk1なのかもしれません。
同社のスピーカーユニットは、基本的にMODULAR一種類で、これを1個~複数本エンクロージャーに組み込み、システム化したものを販売していました。(システム用にはツィータがついたものがありますが、GOODMANS等からのOEMだったようです)また、DIY市場向けにユニット単体を積極的に販売していたようで、カタログには複数の推奨箱の図面が掲載されています。(中には、完成品として市販されなかった寸法比のモデルもあります。)

これは、ちょっと珍しい振動板が金色のアルマイト処理されたモデル。(ほかに黒色や樹脂コーティングモデルがあります)
MODULEは個々のユニットに音響負荷を組み込むことにより、同一キャビネットに複数ユニットを使用するしても相互干渉が少ない点が特徴のひとつです。それが、MODULEの名前の所以でしょう。Jordan氏は、Goodmans在籍当時、AXIOM 80 4本を使用したバックローデッドホーンキャビネットの設計などをしており、Goodmans時代より、複数ユニットを使用したスピーカーシステムの研究もしていたようです。
1975年 E.J.Jordan設立
すでに、Jordan-Watts社から独立していたのか、別途会社を立ち上げていたのか?その点は良く判りません。Jordan Wattsブランドで日本でも今井商事から発売されいたJH200という製品は、E.J.JordanのJX92に似たスピーカーユニットを採用しています。
TNT Audioのインタビュー記事に出てくるJordan 50mm moduleというのは、後のJX53やJR6HDの原型になるユニットです。ブリティッシュ・テレコムで電話機のテスト用途にも使用されていたそうです。同社は、1995年に日本でE.J.Jordanのユニットが扱われるようになった時点で、フルレンジとして、JX53, JX62, JX92, ウーファーのJX125, JX150を販売していました、

JORDAN社のWEB SITEより、JX92, JX92S用のトランスミッション(transmission line)型エンクロージャーの図面です。この図面を元に、システム化したものを販売している販売店やメーカー(海外)もあるようです。
余談ですが、1984年にBandorという会社が出来ます。Jordan氏の元婦人であるドロシー女史の会社で、最初はBANDOR版の50mm MODULEを生産していました。その後は、Bandor-50に加えて, 100, 150, 300の4種類の口径のメタルコーンスピーカーを製造しているようです。日本でもラジオ技術社が、50mmの50ADW8(8オーム仕様)と100ADW8を販売していました。
ひとりの設計者が作ったスピーカーユニットを年代別に並べ、音を出してみると、なかなか面白いです。私の手元には、前述のGEC同軸(これはJordan氏設計ではないが、影響を与えたものとして)、GoodmansのAXIETTE-8や、AXIOMシリーズの幾つか, JORDAN WATTS MODULAR, E.J.JORDAN JX53, 62, 92, 125があります。
時代の要求に合わせてなのか、新しい設計のものほど、高域方向にワイドレンジになっていくのがわかります。MODULARとJXを比べると、後者の方がベールが1~2枚はがれたようなクリアな音がします。一方、中域の厚みや音の柔らかさはMODULARのほうが心地よい様に思います。どちらが優れているというのではなく、どちらが好きな音か、そのとき聴きたい音か?で、判断すると良いでしょう。
E.J.Jordan氏が亡くなった後も、会社は後継者のColin氏の元継続しています。1975年~2025年の間に生産については色々変化があったようで、2010年くらいには、Esoteric Audio Design社と協業していたり、ScanSpeakが生産しているという話もありましたし、JX125のバックプレートには、ALRの名前が書かれているものもあります。
コメント
metalコーンの話、大変興味深く、特にGECのメタルコーンの
詳しいSITEはあるのでしょうか?。
最近、このスピーカーを1本購入しました。
良い情報がわかったら、教えてください。
GECの事ですから、学術文献の2つや3つは発表していると思います。