私が真空管アンプを使い始めたのは、自分で真空管アンプを設計する友人の影響です。そういうこともあって、真空管アンプをつかうには、最低限、真空管を自分で交換できる(規格の互換性の意味を理解している)くらいの知識は必要だと思っているのですが、最近の真空管アンプブームを見ていると、すでにそういう状況ではないようですね。
以前、別の場所でも書いたことがあるのですが、真空管アンプ全盛期、アメリカのJensenという有名なスピーカーメーカーは、アンプも販売していました。同社のカタログには、スピーカー別の適切なダンピングファクター値と、同社製の推奨アンプが示されていました。スピーカーにマッチングの良いアンプを選ぶという発想があったのです。(やはり、高級なスピーカーほど、高価な高DFのアンプが必要になっていました。)
最近のオーディオ雑誌を見ると、とても真空管アンプと組み合わせるのに適しているとは思えない、低能率や低インピーダンスのスピーカーを、真空管アンプで鳴らそうという記事をよく見かけます。確かに、真空管アンプは回路の工夫によって、そういうスピーカーにも対応できますが、コストも無駄にかかりますし、真空管アンプと組み合わせるべきスピーカーではないのに。と、思うことが多いです。逆説的になりますが、本当に真空管アンプを使いたいのであれば、真空管で駆動するのに適したスピーカー(TANNOY, JBLというつもりはないです)を選ぶべきと思います。
さて、真空管アンプ全盛期に作られたアンプはどういったものでしょう?それは、傍熱管の5極管接続のプッシュプルアンプです。ウルトラリニア接続は、当時はパテントですから全ての会社が採用していたものではありません。多極管の3極管接続は出力減が大きいため、それほど使われていません。1990年代、LuxmanがKT88の5極管接続プッシュプルアンプで、真空管アンプの販売を再開したとき、某有名ガレージメーカーが「古今東西、多極管接続のアンプに名機はない。」と、見え透いた嘘の下品なネガティブキャンペーンを貼ったのを覚えている人も多いと思います。
3極管シングルアンプは、もっとも出力の出ない、効率の悪いアンプですから、家庭用ではあまり使われていません。多極管の実用化前、業務用も殆ど3極管をプッシュプルで使っていました。Western Electroinicsの91型という300Bシングルのアンプは有名で、よく、これを引き合いに出す人がいますが、91アンプは、映画館の映写室等で、“音が出ていること”を確認するためのモニターアンプであり、製作の現場などで、“音質とをチェック”するためのモニターアンプでは有りません。(まあ、お金のかかったアンプで、ちゃんと整備されていれば音は良いのでしょうが)
この時代の日本は、まだまだ貧しく、本当の欧米の家庭用のハイファイ装置というものを知っている人は殆どいませんでした。が、映画や音響製作の場で使われている一部の海外製品のみ、日本人の目に留まったため、上記のような事情が理解されない状態で業務用神話のようなものが出来てしまったのでしょう。
300Bシングルアンプといった構成は、もともとは欧米では殆ど使われておらず、無線と実験あたりの日本の自作ブームが海外に輸出される形で広がったものです。
もちろん、良く出来た3極管アンプは、他にない魅力のある音を出しますから、使い方を間違わなければ、良い音が楽しめることでしょう。私も最近(2025年記事を推敲しました SUN AUDIOの2A3シングルアンプを入手してたまに楽しんでいます)
もう一点。どうやっても、真空管アンプは高価になります。アウトプットトランスが部品としては圧倒的に高価だからです。高価なものは別として、他に比べて安いものは、一番コストがかかり、一番音質に関るアウトプットトランスのコストが削られていると思って間違いありません。安物買いの銭失いにならぬよう、特に、キット類の購入は気をつけたほうが良いでしょう。
EARを主催していた、故Tim de Paraviciniさんとも、「PoorなOutput transformerのアンプは駄目だよね。」といった会話をした記憶があります。勿論、氏のアンプはEAR特注の素晴らしいトランスが使われていることを知っているからです。
現在であれば、EL34プッシュプルのアンプ(か、それに近い構成のアンプ。真空管は入手しやすいもの)を選ぶのが、一般的なスピーカーを真空管アンプで鳴らしたい。という希望に最も近いものだと思います。
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